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1 はじめに
ダイナミックスピーカーの動作を理解するためには、磁石が作る磁界の中に置かれた電線に電流を流したとき、電線が受ける力を知ることが必要です。
中学校では「電流と磁界」の単元で電流が磁界の中で受ける力を調べ、高校の物理では「フレミングの左手の法則」を学習し、その力をローレンツ力と学ぶ。
2 フレミングの左手の法則
フレミングの左手の法則とは、磁界中に流れる電流に働く力を表すもので、次のように表せる。磁界の中で、導体に電流を流すと、導体は力を受ける。人差指が磁界の向き、中指が電流の向きとすると、導体に働く力は親指の方向となる。これら3成分はすべて直交していることに注意されたい。
そもそも磁界の中で電流を流すとなぜ力が働くのだろうか。
電流が流れると右回りの磁界(右ねじの法則)が発生する。永久磁石の磁界の中で電流を流すと下の図のように磁界が影響を及ぼし合い、磁力の向きが同じところでは磁力は強まり、反対方向を向いているところでは相殺されて磁力が弱まる。磁力の強いところと弱いところは、ちょうど強く張ったゴムひもとゆるんだゴムひものようなものであり、 導体は、強く張った(磁力が強い)方から弱い方へ押し出されるような力を受けるのである。
磁界の中で電流が流れる電線にはたらく力をローレンツ力と呼ぶ。
フレミングの左手の法則はローレンツ力の方向を覚えやすく考案されたものと言える。
3 ダイナミックスピーカーの構造と動作原理
ダイナミックスピーカーでは、固定された永久磁石の作る磁界の中に可動コイル(ボイスコイル)が置かれている。ボイスコイルにはスピーカーの振動板が直結されているので、ボイスコイルが動けば振動板(コーン)が動く。振動板が動けば空気に疎密が出来て、人間の耳に音として聞こえることになる。
実際のダイナミックスピーカーの構造を図Aに示す。図の左側で、ボイスコイルの反対側には振動板がある。(ダンパーは振動板が慣性で振動を続けないようにするブレーキの役割を果たしている。) 図Aの右側は永久磁石側で、ボイスコイルが入る狭い隙間が空いている。永久磁石側は図Bのようにリング磁石、磁気ヨーク(鉄芯)、トッププレートからなる。分解すると、図B(a)、組み立てたものが図B(b)である。。
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ダイナミックスピーカーでボイスコイルが動く原理は以下のようになる。
図Cはダイナミックスピーカーの断面図で、図中の青い線は磁力線であり、赤い丸は円周状に巻かれたボイスコイルを表している。磁気ヨークは鉄(強磁性体)でできていて、永久磁石からの磁力線の良い通り道になる。N極から出た磁力線は磁気ヨークを伝ってS極に戻る。この磁力線の通る経路にはボイスコイルが置かれており、ボイスコイルの電線に電流が流れると、電線には前述のフレミングの左手の法則にしたがって(注1)、図にあるような上下方向の力が働く。(図Cでは力は上方向であるが、電流の方向が逆になれば、働く力は下方向になる。)ボイスコイルに音を電気変換した電流(音声電流)を流せば、音声電流の変化にしたがってボイスコイルは上下に振動し、音を出すことになる。
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A君:電気学会が公開している動画があるだろ。あのスピーカー編、見た?
B君:見た。面白かった。子供たちは結構喜ぶんじゃないかな。
Cさん:私も見たわ。でも、どうしたの。
A君:先生があの動画を見て、しきりに面白がっていたんだ。何でだろうと思って。
Cさん:アレアレ、それは危険な兆候ね。グッドなヒントと言ってもよいかも。
B君:何なの、それ?
Cさん:危険な兆候というのはね、先生が面白がっているということは、次の試験問題になるかも知れないということ。いくつも前例があるの。だから、ちゃんと勉強しておけば試験準備になるという意味では、グッドニュースね。
A君:もう一度よく見てみよう。前半はホワイトボードがスピーカーのように音を出す実験で、後半がダイナミックスピーカーの説明だよね。
B君:子供は、ホワイトボードがスピーカーになったら、ビックリする。「なぜっ!?」ってなる。
図1 ホワイトボードスピーカー |
A君:ホワイトボードには永久磁石がつけてある。手に持ったコイルには音声電流(音を電気変換した電流)を流している。音声電流は交流だ。コイルは電磁石になり、磁界が音に応じて振動して、永久磁石のNSの磁極と作用して、磁石に軸方向の振動力が働く。永久磁石はホワイトボードの上にあるから、ホワイトボードは音声電流に対応して振動することになる。つまりホワイトボードがスピーカーになる。
B君:正解だね。じゃ、ダイナミックスピーカーの方は?
A君:簡単だよ。リング型の永久磁石の磁束が、鉄芯を伝わって、狭い空間に集中している。そこにはボイスコイルが置かれ、コイルはスピーカーコーンに直結している。コイルに音声電流を流せば、電流の向きはプラス方向であろうとマイナス方向であろうと、狭い空間にできている磁界と直交している。コイルには電流の向きと磁界の向きの両方に直角になる方向に力が働く。電磁気学ではそれをローレンツ力と呼ぶ。力の向きを視覚的に表したのがフレミングの左手の法則だ。要するにコイルが振動し、直結されたコーンが振動して、音が出る。
B君:分かりやすい。
図2 ダイナミックスピーカー |
Cさん:ちょっと待って! それじゃ、大学の試験問題にならないわ。磁石の引力、斥力の実験は小学生の理科。ファラデーの法則は中学校の理科で習ったわ。いまのA君の説明は、何で先生がおもしろがっていたかを、ぜんぜん説明できない。
B君:アッ! ちょっと待って。先生の授業のノートを見てみるから。僕は分かって無くてもノートはちゃんととるからね。もしかすると、これかも。先生はこういったんだ。磁石の話のところだ。『磁石には磁極モデルと電流モデルがあり通常は等価である。現在の電磁気学では、磁石の感じる磁力とは物質内電流の受ける力であると見做す。それも(電線を流れる電流が受ける力と同じ)ローレンツ力。磁石が動こうとコイルが動こうと、電流の受けるローレンツ力が両者間の力の源泉になる。一方、昔の磁極モデルだと電流コイルは双極磁石板に置き換えられるので、その場合にはいずれも磁極間の力という事になる。』
A君:エッ! そんな話あったっけ。俺だってその授業出てたはずだぜ。
Cさん:出てたって、寝てりゃ仕方がない。
A君:起きてさえすれば、多少は理解できるときもあります。電磁気学は苦手だけれど。いまのB君の話は、俺のさっきの説明でいうと、ホワイトボードスピーカーが磁極モデル、ダイナミックスピーカーが電流モデルってことだね。
Cさん:読めてきたわ。二つのスピーカーの原理をローレンツ力で説明しなさい、それが試験問題候補ね。もしかしたら、磁極モデルで説明しなさいかもしれない。両方とも出題されるかもしれない。
A君:確かに使いやすいモデルだけを使っていたのでは、電磁気学を勉強したことにならないかもね。それに、磁石の引力と斥力だけどね、力学で出てきた作用反作用の法則と同じかな。それだと説明しやすいかも。
B君:ノートを見るからちょっと待って。先生の話、『力学において力点は接触しているので、作用反作用は分かりやすい。電磁気学では離れた物体同士の力なので、説明は簡単ではない。マックスウェルの方程式から導かれる運動量保存則(応力テンソルの式)を出発点にして説明する。』
Cさん:それも試験問題候補になりそうね。
A君:今の話をSNSで皆に伝えておこう。せっかく同じクラスで勉強しているんだから、皆でいい点とれば楽しいよ。カンニングじゃヤバいけれど。
Cさん:皆で勉強すれば、みなでいい点とればなの。ちょっと気楽すぎない? 「マックスウェルの方程式から導かれる運動量保存則」って、何よ。B君、先生はなんて説明していたの?
B君:う~ん。ノートには何もない。ということは、先生は何も説明しなかった。
Cさん:そうなの、何もなかったの。じゃ、勉強しようがないじゃない。アッ! 博士課程のDさんがいる。教えてくれるかも。
(Dさんに対して、皆で事情を説明。)
D君:分かる、分かる。先生が興奮するのがよく分かる。これ、結構高級だぜ。図1だってそうだ。コイルが作る磁力線は、軸方向だけ見れば、磁石の中心を通るだろ。磁石の作る磁力線だって、コイルの中心を通る。中心を通っているのに、何で作用・反作用なの? 力が働かないことにならないか。
B君:先生は『力学において力点は接触しているので、作用反作用は分かりやすい。電磁気学では離れた物体同士の力なので、説明は簡単ではない』と。
D君:その話はさっき聞きました。それじゃ、説明になってません。力学の力点は点だろ。図1の磁石は、点とは考えられません。有限の大きさを持っている。磁石のN極はS極よりコイルのN極に近いところにある。また直線とは直交する方向(ラジアル方向)に広がりもある。コイルの作る磁力線は、確かに中心部分は無限遠方に向かうが、わずかでも中心から外れれば、湾曲してコイルの反対の極に戻ってくる。コイルの作る磁力線のラジアル成分は、磁石のN極とS極の位置では異なる。(N極の部分での磁界)>(S極の部分での磁界)だ。だから引力が働く。コイルには振動電流が流れているから、コイルの作る磁界も変動し、それに応じて磁石も振動する。だから磁石をつけたホワイトボードも振動し、音が出る。
Cさん:それ、磁極モデルの話ね。でも先生は、昔は磁極モデルで説明したけど、現在の電磁気学は電流モデルとおっしゃっていたのよ。そちらの話もお願いします。
図3 磁石は微小な永久 |
D君:電流は磁界を作る。右ねじの法則だ。磁界の中の電流は力を受ける。それ、ローレンツ力だ。知ってるよね。現在、磁石の中にはたくさんのループ状の微小電流が生じていることが知られている。結局、磁界は電流と電流に働く力ということになる。ホワイトボードスピーカーもダイナミックスピーカーも電流と電流に働く力だ。
(こうして、4人の話は延々と続いたのでした。)
補足説明1:
磁石の磁極モデルと電流モデルは、先生の話にもあるように、通常は等価です。以前、磁極モデルは物理的背景がないとの意見が出された時期もあり、電流モデルによる説明が多くなされるようになりました。
ところが高性能磁石(サマリウムコバルト、ネオジウム磁石)が出回って、永久磁石の電動機が多用されるようになり、その動作原理説明設計とか機器設計で、高性能磁石に対して固定磁極モデルを用い、磁極の概念と磁界Hを基本とするようになり、電磁気学でもこれを反映するようになってきたのです。基本を電流モデルに置きつつ、磁極モデルでの説明が簡便な場合にはそれも利用するというのがよいのではないでしょうか。
補足説明2:
電磁気学は体系がきちんとした学問の代表的な一分野で、学ぶことによって、「体系」とはどのようなものかを理解する力が、必ず養われます。現象を定式化し、定式を体系的に組み上げてゆくことによって、いろいろな現象を理解し、定量的に表現することを可能にし、新しい現象の予測さえ可能にします。電磁気学は伝統的な学問分野ですが、今も新しい定式が提案されています。ダイナミックスピーカーの原理を電磁気学的に理解しようと努力すると、さらに上位の電磁気学への関心も増すのではないでしょうか。
参考資料
岡部洋一:「電磁気学」2021年6月10日(起草:1997年)、
http://www.moge.org/okabe/temp/elemag.pdf
D君の最後の発言と図3は、この本の1.2節にある。
桂井誠:「電磁気学の学び方(そのⅠ)、電学誌、101巻3号, p.221-224(1981年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal1888/101/3/101_3_221/_article/-char/ja
最後の部分に磁石の磁極モデルと電流ループモデルの等価性についてコメントがある。
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