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 実験動画と実験セットを使おう

このウェブページにある、電気の実験動画、マニュアル・解説書、「一歩先へ」を合わせた冊子です。

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 忘れられた巨人サミュエル・インサル

市販本のテキスト部分をPDF形式で無料公開するものです。市販本では本文を縦書きで読めます。また,図表・写真・年表・付録の論文引用部分を収録してあります。

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実験動画と実験セットを使おう
  
~ 第1章から

この冊子に込めた願い

 この冊子をまとめる原動力となったのは、「アレッ! なぜだろう? 知りたい。」という言葉です。

 私たちの身近にある電気。電気はよほどのことがない限り、使いたいときに使いたいだけ使えるし、目には見えないシロモノです。ですから、あまり関心を持たれません。しかし、電気をめぐる状況が静かに、しかし激的に変化しつつあります。その変化を無関心のまま受け止めるのではなく、あるべき変化の姿を考え、変化を引き起こす人たちが、今必要なのです。そのような人たち、これからの社会の在り方に関心をもち、きっかけさえあれば電気に興味をもってくれる人たちと、一緒に行動したいと私たちは考えています。その出発点が、「アレッ! なぜだろう? 知りたい。」と思ってもらうことなのではないか、そのために私たちには何ができるだろうかと考えました。

 私たちがまず行動したのが、教材として使うことを想定した電気の実験動画作りです。見えない電気を目で見て、体で感じることが、なによりも大切だろうと考えました。次がマニュアル・解説書の公開と、動画で用いた実験セットの無償配布、さらには、関心を持ってくださった方々が「一歩先へ」進むための資料整備です。

 これらの活動成果を、私たちは電気学会社会連携員会のウェブサイト「世界は電気でできている」(https://renkei.iee.jp/ )で公開してきました。その公開努力は今後も続けますが、現時点での公開資料をまとめたものが、この冊子です。

この冊子の各章の中の構成は、原則として次のようになっています。

◆ 動画教材

◆ マニュアル・解説書

◆ 一歩先へ

しかし、それぞれのテーマですべてが揃っているわけではありませんし、これら以外の記述を入れたものもあります。ご理解ください。いずれにせよ、章ごとにかなり独立した構成になっていますので、順を追って読む必要はありません。興味を感じたところをつまみ食い的にご覧いただくことでよいと思います。⤴
 
 
 

 

忘れられた巨人サミュエル・インサル
 - 電気事業のルーツにみる真のイノベーション

  
〜「はじめに」から

 1907年,シカゴに一つの電力会社が誕生した。コモンウェルス・エジソン社である。
創立のカギとなる一人の男がいた。彼は,同社を中心に20世紀の最重要イノベーションの一つとされる電気の普及に深くかかわり,電気事業のビジネスモデルを確立した。しかし,その後の大恐慌の嵐の中で彼は表舞台を追われ,その名は長く忘れ去られていた。
 最近,コモンウェルス・エジソン社はホームページにこの創業者を復活させた。その人物こそは,これから取り上げるサミュエル・インサルである。
 サミュエル・インサルは,1859年にロンドン南西部の郊外住宅地パットニーの庶民の家に生まれた。14歳でロンドン市内の事務所の使い走りや速記者として働き始め,トーマス・エジソンのロンドンにおける電話会社の支社長秘書役兼会計係となった。それが機縁となって,1881年21歳の時に渡米し,エジソンの秘書役になった。そして,創生期の電気事業であるエジソン電灯会社や,電力機器製造業のエジソン・ゼネラル・エレクトリックで大いに経営手腕を発揮した。エジソンの絶大な信頼を勝ち得て,重用されることになる。彼からは終生サミーの愛称で呼ばれた。
 1892年,サミュエル・インサルは弱冠32歳の時,新会社ゼネラル・エレクトリックが成立したときに,エジソンの下を離れ,シカゴ市内の小電力会社の社長に就任して独自の道を歩み始めた。まさに「鶏口となるも牛後となるなかれ」の心意気であった。彼はその会社を核にして,周辺の群小会社を合併しながら急速に事業を拡大した。48歳となった1907年に至って,それらをコモンウェルス・エジソン電力会社 として糾合し,初代社長に就任する。これが,のちに「インサル帝国」とまで呼ばれるまでに巨大化した電力会社集団の出発点である。
 彼がこの間に創出した公益事業モデルと料金制度は,その後約100年にわたって全世界の電気事業の基礎となった。また電力新技術の先取的導入でも常に業界をリードし,電力業界団体の長に選ばれ ,「The Chief」と呼ばれた。
 彼の発展と栄光の時代は,彼が69歳となった1929年の世界大恐慌の勃発で終わりを遂げる。株式市場の大暴落に続く混乱の収拾に追われ,1932年に至ってインサルグループを標的とした敵対的買収への対抗のために借入れた金の返済ができず,ついに破産に陥る。関係するすべての会社の役員からの辞職を強制され,わずかな年金支給のみを認められ,電力業界を去る。
 インサルは失意の中で欧州旅行に出るが,彼の関係した会社の株式で損害を受けた庶民の怨嗟の声を背景にしたマスコミの中傷,さらに米国第32代大統領となるフランクリン・ルーズベルトによって,1932年の大統領選挙期間中に「公敵(社会の敵)ナンバーワン」扱いされて執拗な攻撃を受けることになる。そして欧州滞在中の1933年に,横領や破産法違反など3件の容疑で公訴を受け,イスタンブールから強制送還されてニューヨークで収監される。1934年から1935年にかけての裁判で,インサル自身と関係者全員は完全な無罪を勝ち取るものの,彼は尾羽打ち枯らして人生の最後をパリで送ることになる。1938年,78歳で死去。この「忘れられた巨人」の足跡をたどって,現代のわれわれに彼は何を残したのかを考えてみよう。